蒙古タンメン中本で優雅に読書する女子
この前、僕は久々に蒙古タンメン中本に行った。
店内はほぼ満席状態だった。
空いているカウンター席に案内され、席に着こうとする瞬間、とんでもない光景が僕の目に飛び込んできた。
右横の女性客が、あろうことか器の向こう側にハードカバーの本を大胆に開き、優雅に読書しながら蒙古タンメンを食していたのである。
バカなっ…!!!!
僕は自分の目を疑った。
何を考えてるんだ、この推定年齢34才のオフィスレディ風女子は。ここを代官山かどこかのおしゃれなカフェだと勘違いしているのか。
否、ここは蒙古タンメン中本。
痔を患っていない血気盛んな連中が、刺激を求めて集まる場所だ。
それに、こんなことしたら本に汁が飛んで汚れてしまうに決まっている。そんなこと、リスザルやピグミーマーモセットにだってわかりそうなもんだ。
これはもしや…。
汁が飛ぶかもしれないという危険を敢えて冒すことで、リアルな緊張感を自分に与え、読書を倍楽しむという新手の趣向なのだろうか。
それにしても、何という心許無さだろう。
こんなもの、たこ糸を体にくくりつけて崖下にバンジージャンプするようなものだ。危険なんていうレベルではない。確実に死ぬ。
僕はその行為が気になり、自分の蒙古タンメンに集中できなくなっていた。
そのOL風女子は本に汁が飛ぶことを気にしているのか、麺をすすらずにゆっくりとペチャ食いを繰り返している。
だんだん腹が立ってきた。
もう思いっきりすすれよ!!
てか、ラーメン屋で悠長に本とか読んでんじゃねぇよ!!このやろう!!
早く汁飛べ!!!!!本汚れろ!!!
…まあいい。いくら慎重に食べようが、ラーメンを食べているのだ。
カフェで食べるケーキなどとは訳が違う。完食するまで少しも汚れがつかないなんてことは絶対にあり得ない。
あり得る訳がない。
それはもう、
ガンジーが全力でビンタしてくるくらい、蛭子能収が総理大臣に任命されるくらい、チャパ王がフリーザに勝つくらいあり得ないことだ。
もう絶対にない。
しかし、一向に汚れが着く気配がない。ラーメンを食べながら優雅に読書を続けている。
挙げ句の果てには、めくり上がってくるページを器の縁でインターセプトするE難度の荒業までやってのけた。
こいつは間違いなくこの道のプロだ。慣れすぎている。まさかここまでやるとは思わなかった。
俺しかいない。
俺がやるしかない。
恐怖で震えろ。畏れおののけ。
痺れを切らした僕は、禁断の奥義を繰り出した。
“鬼ズバ食い”
自分の顔面や衣服に汁が飛ぶことすらいとわず、鬼のように麺をズバズバすすり、ワンチャンス敵陣に汁を飛ばすという究極奥義だ。
まさに諸刃の剣。
喰らえ、これが俺の流儀だ!!!
ズバズバッ…!!!!
ズバッ…!!!
ズバズバズバッ……!!!
ごふッ!!!
ズバズバ……
ごふッ!!
……
…
全く届かないっ…
食えども食えども汁は自分にかかるだけ。
さすがG難度の究極奥義。
俺には無理なのか……。
嘘だろ…。
汁を一滴も飛ばさずに
本を少しも汚さずに完食するのか…?
まさかあり得るのか…??
ガンジーの全力ビンタ
蛭子能収の総理大臣就任
チャパ王のフリーザ越え
嘘だ!!!嘘だっ!!!!!
諦めかけたその時だった。
そのOL風女子が自滅したのだ。
僕の気が狂ったような“鬼ズバ食い”に動揺したのかどうかは定かではない。
しかし、確かに自分が飛ばした汁を、本についた汚れをティッシュで拭き取っている。
勝った…!!!
俺はこの闘いに勝ったんだ!!!
…
……
喜びを噛みしめながらも、
僕は何事も無かったかのように
自分の顔に飛んだ大量の汁をティッシュで拭き取り
コップと器をカウンターの上にあげ
カウンターを拭くという作法も忘れず
「ごちそうさまです」と店に感謝の意を表し
微かな充足感を胸に、店を後にした。
おわり