ぱいんはうす岸英明の「世界はグーチョキ天パー」ブログ

「ぱいんはうす」というお笑い芸人コンビの岸英明です!悩める天然パーマ達の味方です!「世界はグーチョキパーで皆違うからあいこでしょ!」と、かつて武田鉄矢が歌っておりましたが、冷静に考えるとグーとチョキだったらグーの方が強く、そこには明確な強弱関係があります。皆違って皆良いけれども、弱きを助け強きを挫きたいという感覚の下、ふんわり日常の思ったことを書いていきます!!

初日の出について太陽に怒られてしまうかもしれない

年末年始は実家のある静岡県藤枝市に帰省した。

 

僕は小学校5年生のときから、なぜか毎年初日の出を見に行っている。いつも行く場所は、左手に富士山を右手に初日の出を眺められるという藤枝市最強のスポットだ。
藤枝の清水寺を越え、更に山を登っていくと、34.8882°,138.2397°のあたりにその場所がある。

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歩けば自宅から40分以上はかかりそうな山道を、全力で走って登るのでとてつもなくしんどい。太腿筋と背筋がやられる。普段鍛えていなかったら、初日の出を見る前に息絶えているだろう。

 

EXILEが好きそうな言い方をすれば、ランニング・トゥ・ザ・ライジングサンとでも言うべきこの行事は大学入学してから毎年自分に課している儀式である。このしんどい儀式を元旦に行うことで、今年も何とかやっていけそうな気がするのである。

 

しかし、冷静に考えると、僕にとってこのライジングサンは一年のうちで最初の日の出でもあり、最後の日の出でもある。
太陽は毎日ライジングしているのであって、この日だけライジングしているわけではないのにも関わらず、僕という人間は1月1日のライジングサンだけを見に行き、お祈りまでしてしまうというミーハー振りを遺憾なく発揮している。

 

普段ほとんど会うことも、これから会う予定も特になさそうな友人に、誕生日の時だけLINEグループやFacebook等で「誕生日おめでとう」的なメッセージやコメントを送ってしまうという、例のアレに似ているのかもしれない。

皆やっているからやらなきゃ的な、同調圧力にも似た何かによって半強制的に行っている可能性を拭い去れない。

 

本当に心からの気持ちなのか義務感なのか。

 

初日の出の時、あれだけ太陽に感謝したのは虚構の感情だったのか。

 


こんなことでは、太陽から、
「どうせ皆が見に来てるから来てるだけで、本当にめでたいなんて思ってないんだろ!!皆が見れるグループやタイムラインに敢えて誕生日メッセージを書くことで、人をお祝いできる心の余裕と温かさを兼ね備えた人間なんですアピールをしたいだけなんだろ!!!初日の出を拝んでる自分をSNSに上げて、こういう伝統的な慣習を重んじる清らかな心の人間なんですアピールをしたいだけなんだろ!!!」
と物凄い剣幕で言われてしまうだろう。

 

確かに太陽の言うとおりだ。そう思われても仕方がない。

 

誠意を見せるには、友達に対しては誕生日だけではなく、何でもない日に何の脈絡もなく突然「いつも元気でいてくれてありがとう」とメッセージを送り恐怖を与え、太陽に対しては「初」ではない日の出を見に行き、感謝の気持ちをもって全力で拝むこと。これしかない。

 

そう、これしかないんだ。

 

僕は決断した。

 

今年は何でもない日に、日の出を拝みに行こう!!!

 

いや、誰か一緒に行きませんか?

 

 

おわり