街に吐かれたゲロ
休日の爽やかな朝。窓を開ければ、青々とした空に程よく雲が散らばり心地好い風が吹く。心は澄み渡り希望に満ち溢れ、未だ見ぬ美しい景観に思いを馳せる。具体的な計画も立てず、どこかへぶらり出かけてみようか等と考えながら駅へと向かう。
しかし、そんな人の高揚した気分など露知らず、駅周辺には必ずと言っていいほどそれはある。禍々しくも圧倒的な存在感を放ち、孤高を持して佇んでいる。言葉にする事すら憚られるが、一般的な名称として吐瀉物やゲロなどと呼ばれるそれは、見る者を問答無用で不快にする。それが彼らの本分であり、ある種の生業でもあるし、疑いようもない事実だ。先程までの爽快な気分は一気に台無しになり、怒りすらが込み上げてくる。時にそれを鳩がつついている場面などに出くわすと最悪だ。ここは地獄なのではないかと錯覚してしまう。
そんな時、僕の怒りはそのままフリースタイルバトル形式でゲロに向けられる。
Yo,お前にマジで文句言いたい!
爽やかな朝を汚すその姿!
公衆の面前で異臭を放ち!
周りを不快にするそのかたち!
ゴキブリ以下の嫌われ者!
それでも強く生きるお前をリスペクト!!!
え??
リスペクト???
怒りをぶつけるはずだったゲロをリスペクトしている自分が何故かいる。
そう。ゲロは悪くない。むしろ可哀想な立場だ。勝手に道にぶちまけられ放置され、道行く人々の憎悪に晒されても強く生きている。どう考えても悪いのは吐いた人間だ。もしくは吐くまで飲ませた人間が悪い。少なくともゲロに罪はない。
居酒屋で一気飲みを繰り返す大学生。合コンで頑張りすぎた若者。若手社員に飲ませる上司。久々の再会でハメを外す人達。それぞれの思いを胸に全力で今を楽しもうとしている姿は実に素晴らしい。
え??
素晴らしい???
何を言っているんだ俺は。
さっきまでの怒りは何処へ行ったんだ。
負の感情はいつの間にか消え、再び清々しい気分を取り戻している自分に気付く。自分でも動揺している。ゲロを目の当たりにしても尚、最高の笑顔で最高の一時を過ごした人々に思いを馳せている。
もしかしたら、このゲロというものはそうした人々が噛みしめた幸せの結晶なのかもしれない。
見た目じゃないんだ。
どんなものにでも意味がある。
「見えるけど見えないもの」
遊戯王で言っていたあの謎の発言に1つの答えが出たような気がした。
おわり